ezuの作品は、つくった瞬間に終わるものではありません。
描く人がいて、染める人がいて、縫う人がいて、届ける人がいて、そして身につける人がいる。
その流れの中で、服は少しずつ、その人の時間や感覚をまといながら育っていくのだと思っています。
今回お話を伺ったのは、山形県上山市の蔵王山麓にある「サニープレイスコーヒー」の佐々木さんご夫妻。コーヒー、調味料、自然な暮らしのアイテムとともに、ezuの作品も届けてくださっている、大切な届け手のお二人です。
なぜ、コーヒーと塩とezuが、同じ場所に並ぶのか。その背景をたどっていくと、そこには「身体に近いものをどう選ぶか」という、まっすぐな問いがありました。
取材協力:サニープレイスコーヒー(佐々木ご夫妻)
医療の現場から、蔵王山麓へ
カフェオーナーの佐々木さんは、医療技師として東京・御茶ノ水の大学病院、総合病院等で約20年働いてきました。奥様は看護師として外科病棟や集中治療室を担当され、その現場で出会い、結婚されたそうです。
長い年月の中で、佐々木さんの中には少しずつ違和感が積み重なっていきました。
「矛盾だらけでした」
日本の病院の診療報酬は、処置や検査の件数によって算定される仕組みです。患者さんを治すことが使命でありながら、患者さんがいなければ経営が成り立たない。その構造の中で、本来は必要でない検査を勧められることも、売上のために処方される薬があることも、現場で見てきたといいます。
「本末転倒ですよね。でも、それがずっと続いている」
そうした違和感が積み重なり、コロナ禍を経て「もういい加減いいかな」と思うように。好きなことをやろうと決めた時、頭の中にあったのはコーヒーのことでした。独立する10年以上前から、毎日自分で焙煎し、ドリップしてきた。それは医療の現場を離れたいまも変わらない日課です。
ただ、佐々木さんにとってコーヒーは、単に商品ではありませんでした。
「コーヒーを売ることは目的ではなくて、コーヒーを通していろんな人とつながりたい」
医療の現場で感じてきた矛盾を、お客さまと話したかった。健康のことも、食のことも、お金と本質が入れ替わってしまっているこの社会のことも。ただ、いきなりそういう話はできない。
「最初はゆるく楽しくつながっていって、いつか深い話もできたらいいなと思っています」
コーヒーは、入り口。そこから先は、交わるひと同士でどこまで深く、自然に交流できるか。サニープレイスコーヒーは、そのような人々の想いが交わる場として生まれたのだと思います。

この土地、この蔵で
店を構えたのは、山形県上山市。奥様の出身地である天童周辺で物件を探していく中で、空き家バンクを通して今の蔵と出会ったそうです。蔵と母屋がつながった築古の建物。自然に恵まれ、改装すれば面白い場所になるかもしれない。
奥様の「ここいいんじゃない」も決め手となり、この場所に決まりました。
駐車場の確保には苦労したそうです。周辺は農地が多く、宅地に転用するには時間がかかる。それでも粘って整備し、今は5台が停められるようになっています。この場所を選び、自分たちの手で少しずつ整えながら店を開いていったこと自体が、サニープレイスコーヒーのあり方を表しているように感じます。
時を刻んだ蔵の中に、コーヒーの香りが漂う。そこに、塩や醤油や油といった調味料が並び、ezuの靴下や服が置かれている。この組み合わせは、計算から生まれたものではありません。佐々木さんと奥様が「いいと思うもの」を、大切に置いてきた景色です。

自然に近いものを選ぶ
佐々木さんに、コーヒー豆や塩、食材を選ぶ時の基準を伺うと、返ってきたのはとてもシンプルな言葉でした。
「やっぱり一番、自然に近いっていうところでしょうかね」
佐々木さんはかつて、自然農法に触れていた時期があるといいます。自然のシステムの複雑さや豊かさに惹かれ、人間も動物も自然の一部として、本来のバランスから大きく離れないことが健康につながるのではないか、という感覚が、今の選択の根にあるようでした。
成分や知識だけでなく、最近は直感も大切にしているともいいます。スペックやデータだけでは測れないものがある。身体がよろこぶかどうか。そうした感覚のほうを、今はより信じているそうです。
お店で扱っているのも、塩、醤油、油、ごま油、マヨネーズなど、日々の食卓に近い調味料が中心です。どんなにいい食材を選んでも、調味料が変わらなければ、食の土台そのものは変わらない。だからこそ、まずはそこから。そういう考えが、並ぶものにも表れていました。

ezuとの出会い
ezuとの最初の接点は、奥様が群馬・高崎に住んでいた頃にさかのぼります。
山名八幡宮の境内にある雑貨店で出会った、色とりどりの靴下。それが最初に手に取ったezuでした。履いてみるととても履きやすく、少しずつ服にも触れるようになっていった。チュニックやセーターも買い、長く着てもよれない。そんな実感が積み重なっていきました。
奥様は、ezuについてこんなふうに話されていました。
「なんか、人の思いがより濃く入ってる服だな、と感じました」
ただ天然素材だから、ただ着やすいから、だけではない。そこに、誰かの手や気持ちがちゃんと通っている。そう感じられたことが、記憶に残っていたのだと思います。
山形でお店を始める時、ただ量販的なものではなく、こだわってつくられたものを置きたいと考えた時に、佐々木さんご夫妻の頭には、ezuの名前が自然に浮かんだそうです。
「買い物は投票。」
安く大量につくられたものではなく、日本で丁寧につくられたものを選ぶこと自体に意味がある。その考えの延長に、ezuを置くという選択がありました。

コーヒー、調味料、ezuが並ぶ理由
サニープレイスコーヒーには、コーヒーがあり、調味料があり、そしてezuの作品があります。
一見するとそれぞれ別のものに見えるけれど、佐々木さんにとって、そこに違和感はないとのことです。
奥様は「自分が好きなものを売っている」と、とても自然に話してくれました。
さらに、入り口がいくつもあったほうがいい、とも。今日は靴下を買いに来る日かもしれないし、調味料のついでにコーヒーを飲みに来る日かもしれない。そういう重なり方があっていいのだと。
「繋がりをレイヤーのように重ねていければいい」
コーヒー、食、衣服。ひとつだけで強く結びつけるのではなく、暮らしの中にある複数の感覚がゆるやかにつながっていくこと。その積み重ねの中に、お金だけが中心になりがちな、現代社会とは違う、人と人とのつながり方の可能性を見ているようでした。

食と衣のあいだにあるもの
「衣食住」という言葉があるように、食べることと着ることは、本来とても近いところにあると思います。
佐々木さんは、食にこだわるようになった流れの中で、衣服もまた気になるようになったと話してくれました。フライパンの素材、食品添加物、調理器具を見直していくうちに、服や下着も、また同じ線の上にあると感じるようになった。オーガニックコットンやオーガニックリネンのものを選ぶようになりました。
「男性でそういうことを気にする人って、あまりいないんですよね。自分でも珍しい男やな、と思いますけど」
奥様も、食と衣の共通点について、すっと言葉を添えてくれました。
「余計なものを加えていない、自然なものという点ではつながっていますよね」
過剰な医療、添加物だらけの食品、合成素材の服。「不自然さ」への違和感は、どれも同じところから来ている。そういう感覚が、サニープレイスコーヒーという場所をつくり、ezuを置くことにつながっているようです。

人じゃないとできないもの
ezuらしさとはどういうものか、と尋ねると、佐々木さんは少し考えてから言いました。
「手づくり感があります。そして資本主義に抗ってる感が出ています。それはすごくいい意味で」
ソニータイマー、という言葉を佐々木さんは使います。製品がある期間で壊れるように設計されている、という俗説です。壊れれば、また買う。そのサイクルが経営を支える。
「ezuさんはそうじゃない。いいものを循環がつづく正しい値段で、長く使ってもらえる形で届けている。そこを感じます」
貝のボタンを一粒ずつ手で選び、生地を一着ずつ染め、縫う。その非効率さの中に、意志がある。奥様は「波動が高い」という言葉を使うお客さまがいると話してくれました。目に見えないものですが、医療技師として脳波や生体の周波数を扱ってきた佐々木さんには、その感覚は身近だったのかもしれません。
「作り手が魂や気持ちを込めてつくっていないと、そういうものは生まれない。だから感じる方は、ちゃんと感じるんじゃないかと思います」
「資本主義的ではない、そんなことをezuさんからは感じます。人じゃないとできないなって」
AIの普及でますます効率化が進み、便利で安いものが増えていく時代。それでも人の手でしか生まれないものがある。真空管アンプの音、手仕事の在る服、使い込むほどに育っていくもの。そこには共通する感覚があると話してくれました。

お客さまとの時間の中で
サニープレイスコーヒーを訪ねてくるお客さまの話になった時、奥様が言葉少なに語ってくれたエピソードがあります。
よく娘さんとお母さまと一緒に来られていたご家族がいたそうです。そのご家族は、療養中だったお父さまを連れて、ある日この店を訪れました。お父さまにとって、こうした場所でコーヒーを飲むのは、その時が初めてだったといいます。カフェラテを飲んで、「父もカフェデビューできました」と娘さんがSNSに綴ってくださった。

その後、まもなくお父さまは亡くなられたそうです。
病院ではなかった何かが、この場所にはある。それが何かをうまく言葉にするのは難しいのですが、蔵の空気の中でコーヒーを飲んだあの日が、誰かの大切な記憶になったのだということは、確かにここに残っています。
またある9月のこと、ezuから買い付けてきた作品を並べたその日に、一人の女性が訪ねてきました。シンギングボウルという楽器を演奏する先生で、弟子のような方を3人連れた、白いワンピースをまとった品のある方でした。
「『私、この服なんかすごく気に入ったわ』と言って、もう5分ぐらいのうちに数着買っていかれたんです」
わかる方には、すぐわかる。触れた感覚で良いとわかる人が、一定数いらっしゃると奥様は言います。後日また来てくれた方もいる。他の人へのプレゼントに買いに来る方もいる。
店の外には、黒板があります。

飼い猫の太郎の目線で毎日ひとつぶやきを書き、それを読んで「そうですよね」と共感の声をかけてくれる人がいる。そこから、普段はなかなか話しにくいことも話題になっていく。
「お客さんの内側を、ちょっと見れるというか。そういうのはありますね」
ここに来る理由は、人それぞれです。コーヒーを飲みに来る人も、調味料を見に来る人も、靴下に目を留める人も。けれどその入り口が何であれ、誰かにとっての思い出や、大切な時間が、この場所に静かに重なっていく。
サニープレイスは、陽だまり。柔らかな光が集まって、自然とそこにいたくなるようなあたたかく安心する場所。そんな空間を大切に作っていきたい。この場所に来てくれた人の記憶が陽だまりのように集まって、誰かの懐かしい場所としてあり続けたいと思っています。

これからのezuへ
これからのezuに期待することを伺うと、佐々木さんは少し笑いながら答えました。
「特にないですね」
そして、こう続けます。
「今のままで突き進んでください。それだけです」
やりたいことにフォーカスして、自分の心情を貫いていく。他人を変えようとするより、自分が信じることを続けていれば、気づいたら誰かが一緒にいる。そういうあり方がいいのだと。
「そういう感じがしますね、ezuさんには。だから今のままで、楽しくやっていきましょう、お互い」
佐々木さんご夫妻は、ezuの作品を届けてくださっている人、というだけではありません。その服がどんな暮らしの中に置かれると自然かを、自分たちの場所で試しながら確かめ、届けてくださっている人たちです。
コーヒーを淹れること。調味料を選ぶこと。ezuの服を手渡すこと。それぞれは別の行為のようでいて、どれも「身体に近いものをどう選ぶか」という問いにつながっています。
だからこそ、サニープレイスコーヒーにezuがある風景には、無理がありません。そこには、コーヒーと塩と服が、同じひとつの感覚の中に並んでいます。
そしてその感覚は、きっとこれからも、誰かの暮らしの中へ静かにひらいていくのだと思います。
