ezuの服が生まれるまでには、いくつもの工程があります。布をつくる人がいて、型紙をつくる人がいて、裁断する人がいて、縫う人がいて、染める人がいる。そのどれか一つが欠けても、一着の服は完成しません。
その中でも、裁断という仕事は少し静かな工程です。完成した服を手にしたとき、どこをどう切ったのか、どんな向きで布を置いたのか、どれほど細かく判断を重ねていたのかは、外からは見えにくいかもしれません。けれど実際には、服の土台はこの段階ですでに決まり始めています。
布の表と裏、柄の上下、地の目、バイアス、一着分ずつの切り出し。そのどれかが少しでもずれれば、次の工程に影響が出てしまう。裁断は静かで目立たないけれど、服の精度や着心地を支える大事な仕事です。
今回お話を伺ったのは、ezuの服を長年裁断してきた新井さん。ezuのデザイナー・岩野久美子の父でもあります。ただ、今回あらためて感じたのは、単に家族として支えてきた、ということではありません。ブランドの初期から20年近く、ezuの服の輪郭を静かに支えてきた、一人の作り手としての存在の大きさでした。

裁断という、服の土台を決める仕事
新井さんの役割は、出来上がった型紙をもとに、布を正確に裁断することです。ご本人はとても淡々と、「型紙通りに切るのが仕事」と話していました。けれど、その一言の中には、長い経験の中で積み重ねられてきた集中力と責任感が詰まっています。
なにより裁断は、一度切ったら元に戻せません。布は切った瞬間にやり直しがきかなくなる。だからこそ新井さんは、「切る前に考える」「間違えないようにする」と何度も繰り返していました。派手さはないけれど、その緊張感はとても大きい。切ること自体は短い動作に見えても、その前にある確認や判断が、この仕事の重さをつくっているのだと思います。
毎日長い時間ぶっ通しで作業するわけではなく、3時間ごと集中して裁断をしているそうです。一本の線を、一本の線として切りきる。その精度を保つために、自分のペースを守っているようにも見えました。

20年近く続く、ezuとの時間
新井さんがezuの裁断を始めたのは、ブランドの前身であるリップル洋品店の頃でした。もともとは富士重工の下請け会社で働く会社員で、その前には食堂を営んでいたという、少し意外な経歴の持ち主です。会社勤めをしながら、土日に久美子さんの服づくりを手伝うようになり、その流れのまま今まで続いてきたのだと話してくれました。
最初から「裁断一本でやっていこう」と考えていたわけではなかったそうです。けれど、始めてみた仕事が、気づけば20年近い時間になっていた。その積み重ねの長さに、ezuというブランドの時間も重なっています。
子どもの頃は、よく遊ぶ普通の子どもだったそうです。ベーゴマや麻雀が好きで、遊ぶことばかり考えていたと笑います。ただ一方で、手仕事は昔から嫌いではなかったとも話していました。自分では「器用じゃない」と言いながらも、「型通りに切ることはできる」ときっぱり言う。その言葉には、長年同じことを続けてきた人だけが持つ、確かさがありました。

ezuの裁断が難しい理由
新井さん自身は「そんなに難しいと思ったことはない」と何度も言います。けれど、話を聞いていくと、その“当たり前にやっていること”の中に、かなり繊細な判断があることが見えてきます。
たとえば柄の上下です。蝶の柄なら、ちゃんと上に向いて飛んでいるか。逆さまになっていないか。柄物はわかりやすそうでいて、置き方を少し誤るだけで、完成した服の印象が大きく変わってしまいます。
しかも難しいのは柄物だけではありません。むしろ無地のほうが難しいこともあるそうです。一見どちらでもよさそうに見える無地の布にも、表と裏があり、上下があり、地の目があります。それが布に明確に書かれていない。だからこそ、布を見た瞬間に「厚さ」「表裏」「上下」を確実に見極める必要があるのです。新井さんも、新しい布が届いたときはまず厚さを見ると言っていました。厚い生地は切りづらく、カッターの刃の入り方も変わるからです。

そして、ezuならではの難しさとして大きいのが、天然繊維だということ。天然繊維は、化学繊維のように均一ではありません。布そのものに歪みがあり、織りの揺れがあり、その年の糸や素材の状態でも表情が変わります。だから、型紙をただ置けばいいわけではない。布に通っている地の目を見ながら、その線に対してまっすぐに置き、ずれないように押さえながら切る必要があります。
もしこの地の目がずれていれば、服はあとからよれてきたり、洗っていくうちにねじれたり、斜めに回ってきたりする。完成した瞬間にはわからなくても、長く着る中で差が出てくる部分です。つまり裁断の精度は、縫う前の問題であると同時に、服を着続けた先にも影響してくるということです。
一着ずつ切る、というezuらしさ
新井さんの裁断でもう一つ印象的なのは、「一着分ずつ切る」というやり方です。大きな工場では何十枚、何百枚と重ねて一気に裁断していくこともありますが、新井さんはカッター一本で、一枚ずつ、一着分ずつ切っていきます。薄い布なら二、三枚重ねられることもあるけれど、厚い布では一枚ずつ。ずれたら終わりだから、押さえながら、考えながら、少しずつ切っていくのです。
このやり方は、単に手間がかかるというだけではありません。ezuの服づくりそのものに深く関わっています。ezuは、最初から同じ服を何十着も量産するつくり方ではなく、まず一着、二着と試作を重ねながら形を整えていくことが多い。縫って、着てみて、必要があればまた型紙を直して、もう一度切る。その小回りのきくやり方が、ezuらしい一点性や自由さを支えてきたのだと思います。
新井さんも、「同じものをたくさん切ったってしょうがない」と話していました。お客さまにとっても、街で同じ服の人に会ってしまうような服ではなく、それぞれに表情があり、自分らしく着られる服のほうがうれしいのではないか。そんな感覚が、新井さんの言葉の中にも自然に滲んでいました。

裁断の精度は、着心地につながっている
裁断の精度が服にどう影響するかについて、新井さん自身は多くを語りすぎません。けれど、話の端々から、その仕事の重みははっきり伝わってきます。
地の目が合っていなければ、服は長く着るうちに歪む。パーツが1ミリ、2ミリずれれば、縫う人にとっては大きな差になる。輪にして取るべきところが正確に輪になっていなければ、服の左右差が出てしまう。つまり裁断とは、「ちゃんと切れていれば目立たない」仕事でありながら、少しでも狂えば、次の工程にも、着た後の状態にも確実に影響する工程なのです。
特に印象的だったのは「バイアス」の話でした。布は縦・横・斜めで伸び方が違い、最もよく伸びるのが45度の斜め方向です。首まわりや袖口など、少し伸びが必要なところには、このバイアスを使うことがあります。けれど、45度できちんと取れていなければ、縫うときにずれたり、仕上がりに違和感が出たりする。
だからこそ、首まわりがきれいに伸びて、着たときに窮屈さがなく、何度洗っても型崩れしにくい服になるかどうかは、裁断の段階からすでに始まっているとも言えます。そういう意味で、新井さんの仕事は、表に見えにくいけれど、着心地の深いところを支えている。そこに、新井さん自身の仕事への静かなプライドがあるように感じました。

完成形が見えていなくても、土台はつくれる
興味深かったのは、「裁断しているときに完成した服の形は頭に浮かぶんですか」と聞かれたとき、新井さんが「ほとんど見えない」と答えていたことです。自分はあくまで、型紙通りに間違えず切るのが仕事。服になって初めて、「ああ、これがあれだったのか」とわかることも多いそうです。
これはある意味、とても職人的だと思いました。完成形のイメージを大きく語るのではなく、自分の持ち場を正確に守る。その徹底があるからこそ、次の工程の人が安心して仕事を受け取れる。想像力というより、責任の精度。新井さんの裁断には、そういう強さがあるように感じます。

量産品とは違う、自分らしく着られる服
初めてezuの服を見たときの印象について、新井さんは、量産品とはまったく違う服だと感じたそうです。同じものがただ数多く並ぶのではなく、一着ごとに少しずつ表情が違い、その人らしく着られる服。そういう意味で、ezuの服には既製品とは異なる特別さがあると見ていたのだと思います。
新井さん自身もezuの服を着ていますが、その良さは色だけではないと感じているそうです。もちろん、街でよく見る服とは色の出方が違う。けれどそれに加えて、型紙の段階からかなり細部まで考えられていて、裁断も丁寧だからこそ、着心地が違う。首まわりや袖口の伸び方、洗っても崩れにくい形、着続けたときの安定感。そうしたものは、布の取り方や切り方の積み重ねの上に成り立っています。
見た目の個性だけでなく、着てはじめてわかる快適さや丈夫さまで含めて、ezuの服にはちゃんと違いがある。新井さんの言葉を通して、そんな実感が伝わってきました。

間違えないことを、積み重ねる
最後に、これからどんなものづくりをしていきたいかと聞かれた新井さんは、やはりぶれませんでした。「間違いないように裁断する。それだけ」。それが自分の任務であり、自分の仕事だと。大きな理想を語るわけではなく、ただ目の前の一着を、型紙通りに、間違えずに切る。その積み重ねが、20年近くezuを支えてきました。
服づくりの現場には、目立つ仕事と、目立たない仕事があります。裁断はきっと後者です。けれど、見えないからこそ、そこにどれだけの神経が通っているかは、外からはなかなかわかりません。一着の服が長く気持ちよく着られること。洗っても歪みにくいこと。縫う人が気持ちよく次の工程へ進めること。その静かな土台を支えているのが、裁断という仕事なのだと思います。
ezuの服は、華やかな色や柄だけでできているわけではありません。その裏側には、布の向きを見て、地の目を読み、バイアスを取り、一着分ずつ黙々と切り出していく仕事があります。新井さんの仕事は、まさにその最初の輪郭をつくる仕事でした。
服になる前の布に、最初の正確さを与える人。
ezuの一着は、そんな裁断士の手から始まっています。
