ezuの衣服が生まれるまでには、多くの人の手が関わっています。デザインをする人、布をつくる人、裁断する人、縫い上げる人、染める人、お客さまに届ける人。そして最後、その服に袖を通し、日々をともにする「まとう人」がいます。
服は、つくられた時点で物質としては完成しているのかもしれません。けれど、その服を誰かが着て、洗い、また着て、旅に連れていき、仕事場で過ごし、誰かに褒められ、日々の記憶を重ねていくことで、その人だけの一着になっていきます。
今回お話を伺ったのは、美容室リプル(Ripple)を営むミサエさん。長くezuの服を愛用してくださっているだけでなく、ご自身のお店でもezuのポップアップを開催し、お客さまにezuの服を届けてくださっている方です。
まとう人であり、届ける人でもあるミサエさん。その言葉からは、ezuの服が日々の暮らしの中でどんな存在になっているのかが、自然と浮かび上がってきました。
美容室リプルという場所
ミサエさんは、リプルを長く営んできました。25歳で自身のお店を始め、現在は息子さんとともに美容室を続けています。お店に入ると、どこか懐かしく、静かで、やわらかな空気があります。
美容師という仕事は、髪を整えるだけではありません。その人が少し明るい気持ちで帰っていくこと。自分らしく過ごせるように背中を押すこと。ミサエさんの言葉を聞いていると、美容室という場所が、暮らしの中の拠点のように感じられます。
「お客さんが喜んでくれると、やっぱり美容師になってよかったなって思うんです」
そう話す声には、長い時間、人と向き合ってきた人ならではの実感がありました。

同じ名前から始まった出会い
ミサエさんがezuを知ったきっかけは、少し不思議な偶然でした。当時、ezuの前身は「リップル洋品店(RIPPLE YōHINTEN)」という名前で活動していました。ミサエさんの美容室も「リプル(Ripple)」。お客さまから「同じ名前のお店があるよ。洋服を売っているところだよ」と聞いたことが、最初のきっかけだったそうです。
その後、共通の知人を通じて話を聞き、「私が着られるような服、ありそう?」と尋ねたところ、「あるある、ミサエさんはきっと好きだよ」と言われ、初めてお店を訪ねることになりました。
小高い山の上にあるezuのアトリエ。初めて足を運び、ezuの服を見た瞬間、ミサエさんは「パラダイスだと思った」と笑います。
「自分が好きな服が、こんなにあると思って。本当にびっくりしました」
若い頃からナチュラルな服が好きだったけれど、なかなか自分の好みにぴったり合うものには出会えなかった。けれど、ezuの服を見たとき、形も、素材も、着心地も、考え方も、自分にしっくりきたのだと言います。
着ていて、気持ちがいい服
初めてezuの服を着たときの印象を尋ねると、ミサエさんはすぐに「着ていて気持ちがいい」と話してくれました。
天然素材であること。染め方や染料へのこだわりがあること。つくり手の想いが込められていること。それらを知ったうえで袖を通すと、ただの服ではなく、何か自分の身体や気持ちに響くものがある。
「人からも聞いていたんです。ezuの服は着ていて気持ちいいんだよって。着てみたら、その意味がわかりました」
そして、そこには作り手である久美子さんの人柄も大きく関わっていると感じているそうです。
「売る人とか作る人がツンツンしていたら、違うと思うんです。でも久美ちゃんは、心から好きでやっているでしょう。それが服に伝わっているんだと思います」
服そのものの気持ちよさと、つくる人の気持ち。その両方が重なって、ezuの服には独特の空気がある。ミサエさんは、それをとても自然に感じ取っていました。

毎日が、服との思い出になる
今では、ミサエさんは日々の仕事の中でもezuの服を着ています。美容室に立つ日も、出かける日も、神社へ行く日も、旅行へ行く日も。その日の予定や気分に合わせて、たくさんのezuの服の中から一着を選びます。
「神社に行く時はブルーだったり、行く場所によって色を考えたりします。もうその時その時で、今日はこれだなっていうのがあるんです」
服との思い出について聞くと、少し考えたあとで、こう答えてくれました。
「毎日が思い出ですね」
特別な一日だけではなく、仕事場でお客さまと話す時間も、どこかへ出かける前に服を選ぶ時間も、旅先で過ごす時間も、すべてが服との記憶になっていく。
「旅行に行こうと思うと、どれにしようかなってワクワクするんです。北海道の時はあれを着ていこう、とか。頭の中で考えている時間も楽しいんですよね」
服を選ぶことが、出かける前の楽しみになる。ezuの服は、ミサエさんの毎日に、静かな高揚感を運んでいるようでした。

年齢に関係なく、自分が好きなら着られる
美容室でezuの服を着ていると、お客さまから声をかけられることも多いそうです。
「高そうな服を着ているね、と言われたりします。でも全然そんなことないですよって。好きだから着ているんです、って話します」
紺や藍の服を着ていた時も、ピンクの服を着ていた時も、お客さまは自然に気づいてくれると言います。「ミサエさん、それも似合うね」「今日はまた違うね」。そうした会話から、ezuの服に興味を持つ方も少しずつ増えていきました。
印象に残っている言葉を尋ねると、「こういう服って、年齢関係ないよね」と話してくれた方がいたそうです。
「本当にそうだと思います。自分が好きなら着られる。若くても、私みたいな年齢でも、おかしくない。むしろいいねって言われるんです」
年齢で区切るのではなく、自分が好きだと思えるかどうか。自分の気持ちに素直に選べるかどうか。ezuの服は、そういう自由さを持っているのかもしれません。

洗うたびに、体になじんでいく
長く着ている服は、少しずつ変化していきます。色が少し落ちたり、生地の表情が変わったりすることもある。けれどミサエさんは、その変化を「劣化」とは捉えていません。
「洗うたびに、また違う感じになるんです。生地感が変わって、体になじむ感じがするんですよね」
毎日着て、少しの時間でも着たら洗う。洗剤にも気を配り、ネットに入れ、陰干しをする。太陽の下には干さず、大切に手をかける。その姿は、服をただ管理しているというより、一緒に育てているようでした。
「よそよそしくなくなって、皮膚みたいになってくるんです」
その言葉がとても印象的でした。買った時が完成ではなく、着て、洗って、また着ることで、自分の身体になじんでいく。服が少しずつ、自分だけのものになっていく。そこに、ezuの服を長く着る楽しさがあります。

どこへ行くにも、堂々としていられる服
ezuの服は、ミサエさんにとって日常着であり、特別な日の服でもあります。スーパーへ行く日も、銀行へ行く日も、旅行へ行く日も、少しかしこまった場所へ行く日も、ezuの服を着て出かける。
「どこへ出かけても恥ずかしくないし、どこへ行ってもいいねって言われるんです」
以前は、出かけるたびに何を着ようか悩むことが多かったそうです。きちんとした場所にはスーツのような服を選んでいた時期もありました。けれどezuに出会ってからは、迷いが少なくなったと言います。
「どこへ行くにも堂々としていられる感じがするんです」
服は、身体を包むだけではありません。その人の気持ちを整えたり、背筋を少し伸ばしてくれたりするものでもあります。ミサエさんにとってezuの服は、自分らしく外へ出ていくための力になっているようでした。
暮らしの中で、大切なもの
ミサエさんは、日々の養生や、暮らしの空間、自分の身体の感覚に、とても丁寧に向き合っています。身体を整えること、心地よく暮らすこと、自分を大切に扱うこと。そうした日々の営みの中に、ezuの服も自然に並んでいると言います。
「まず自分が大事で、その次に大事なものが、整った食とezuの服、その上で接する大切なお客さんなんです」
大切なものがたくさんあること。それはとても豊かなことです。自分を大事にすること。食べるものを大事にすること。着るものを大事にすること。そして、人との関係を大事にすること。
そのどれもが、ミサエさんの中ではつながっているようでした。
そしてそのつながりは、愛犬の名前にも表れています。リップル洋品店からezuというブランド名に変わった時、「どうにかこの名前とつながっていきたい」と思い、迎えたワンちゃんに「エズくん」と名づけたそうです。

「やっぱりezuさんとは、気持ちでつながっていたいなと思って」
その言葉には、単に服を買う、着るという関係を超えた、深い愛着がありました。
一度、着てみてほしい
もしezuの服をまだ知らない人に伝えるとしたら、どんな言葉になりますか。そう尋ねると、ミサエさんは迷わず答えてくれました。
「ぜひ、着てみてください!」
見るだけではなく、袖を通してみること。着心地を感じてみること。自分に似合うかどうかを頭で決めるのではなく、一度まとってみること。
「誰でも似合うんです。この人は似合わないかなと思っても、着ると似合っちゃう。だから一度試してみてくださいって言いたいです」
ezuの服は、着る人を型にはめる服ではありません。その人の中にあるものを、自然と引き出してくれる服なのかもしれません。だからこそ、年齢も、体型も、これまでの好みも超えて、着た瞬間にしっくりくることがある。
それは、ミサエさんが何度も見てきた光景なのだと言います。
一生 着たい服
これからezuの作品とどんな時間を重ねていきたいかを聞くと、ミサエさんはとてもまっすぐに答えてくれました。
「もう、一生着たいですね」
他の服を買うつもりはない、というほど、ezuの服が自分に合っている。好みも、着心地も、波長も合っている。そう感じているそうです。
「死ぬまで、というか、本当にこの服がぴったりなんです」
大げさな言葉ではなく、日々着ている人だからこそ出てくる実感でした。十年近く、たくさんのezuの服と時間を重ねてきたからこそ滲み出る言葉。その一言に、ezuの服がミサエさんの人生の中でどれほど大きな存在になっているのかが表れていました。
人が好きだから、人が集まる
最後に、これからのezuに期待することを聞きました。
「ずっと続けてほしいです。体を壊さないようにして、久美ちゃんらしく頑張ってほしい」
そして、こんなことも話してくれました。
「服に対しての思いとか、人との接し方が、ezuを作り上げているんだと思うんです」
美容師も同じで、まず人を好きにならなければお客さまは来ない。服づくりも、ただ作るだけではなく、どうしたらその人がきれいになるか、その人が喜ぶかを考えることが大切なのではないか。ミサエさんは、自分の仕事と重ねながらそう語ります。
「自分が惚れ込んでいるから、伝えられるんです。押しつけではなく、本当にいいと思っているから」
ミサエさんは、ezuの作品をまとう人であり、届ける人でもあります。自分が心から好きだと思う服だからこそ、お客さまに伝えられる。着た人が笑顔になると、自分まで嬉しくなる。そこには、ezuの作品が人から人へと渡っていく時の、とても大切な届ける人としての想いもあります。

記憶が宿る服
今回のインタビューを通して感じたのは、ezuの服は、ミサエさんの日々の中に自然に溶け込んでいるということでした。仕事の日も、旅の日も、神社へ行く日も、誰かに会う日も、そして何気ない日常も。そこにはいつも、ezuの服がある。
服は、ただ着るものではありません。人に褒められた記憶、出かける前に迷いながら選んだ時間、洗って干して手をかけた日々、お客さまと交わした会話。そうした大切な記憶が重なって、その人だけの一着になっていきます。
ミサエさんにとってezuの服は、日常を少し楽しくし、自分らしく外に出ていく力をくれるもの。そして、長く着るほど体になじみ、一体感を感じるようになってくる。
つくる人がいて、届ける人がいて、まとう人がいる。その流れの中で、服は一度完成する。けれど、その先で日々の記憶が宿った時、その服は本当の意味で、その人だけの一着になっていくのだと感じます。
ezuの服は、買って終わるものではありません。まとうことで育ち、記憶が重なり、人生のそばに残っていく。ミサエさんの言葉は、そのことを静かに教えてくれました。
