コミュニケーションから生まれるもの 。ezuのものづくりとサヴォアフェール

コミュニケーションから生まれるもの 。ezuのものづくりとサヴォアフェール

最近考えていることを、少し整理しながら書いてみます。テーマは「つくること」、そしてコミュニケーションについて。

最近、とくに強く感じているのがコミュニケーションの大切さ。ずっと在ったものだけれど、いま改めて、強く意識しています。

手仕事、伝統工芸、異人種、異文化、異ジャンル。

さまざまな人と対話を重ねながら、デザインや芸術のエネルギーでつなぎ合わせ、世に出していくこと。しばらくは、そこに注力したいと思っています。

先日、ファッションキュレーターの方と服づくりについて対談しました。

パリで開催された世界最大級の素材見本市「プルミエール・ヴィジョン」では、「サヴォアフェール」がテーマとなり、日本の手仕事について多くの議論が交わされているそうです。世界的にも注目されているテーマだと。

サヴォアフェール。直訳すれば「匠の技」「伝統的なノウハウ」。

でも、わたしにとってはそれだけではありません。伝統技術や高いスペックだけでなく、人間同士のコミュニケーションを内包した概念だと感じました。

ezuの思想ととても近い。だからこそ、もう少し深く考えています。

ezuのアトリエがある群馬県桐生市は、繊維産業で1300年の歴史を持つ街。長い年月のなかで、先人たちの創意工夫と対話の積み重ねによって築かれてきた産地です。その地場を使わせてもらいながら、ezuは職人さんたちと制作を続けています。

ただ技術に依存するのではなく、新しい表現を探る。

いまも染色職人さんと新しい技法を試作中で、色の表情を求めて何度も試験を重ねています。それは単なる技術向上ではなく、人と人が知恵を出し合う、生のコミュニケーション。
顔と顔を合わせ、互いの仕事を尊敬しながら重ねる対話の先に、「いいモノ」が生まれる。

この「いいモノ」は、あくまでわたしの価値観だけれど、血が通っている、と感じられるもの。

思想、哲学、アイデア、時間、技術。

それらを持ち寄って生まれるものは、AI時代においても簡単には生まれない非効率な存在です。

けれどそのぶん、生き物のような生命力がある。わたしは、そんな生き生きとしたモノをつくっていたい。

「産地を守ろう」「伝統を絶やすな」とよく耳にします。

一方で、必要とされないから廃れるのでは、という声もある。わたし自身、答えは簡単には出ません。

けれど、産地で日々ものづくりを重ねていると、一枚の布ができるまでの途方もない時間を目の当たりにします。

糸一本が紡がれるまで。
色が染まるまで。
靴下一足が編まれるまで。

そこには幾世代にもわたる試行錯誤と革新があります。


だからこそ、簡単に途絶えさせるにはあまりにも惜しい。地層のように重なった時間だから。

いま編んでもらっている靴下は、日本に一台しかない編み機でつくられています。65年前にイギリスから直輸入された、世界初の自動編み機。

部品もなく、修理業者もいないなか、社長自らが部品をつくりながら動かし続けている。冬はストーブで温めてから稼働させるそうです。

「僕と同い年なんですよ、この機械」と笑いながら話してくれた姿が印象的でした。モノづくりは、こうした関係性も含めての営みだと、最近とくに感じています。

その靴下を見ただけでは、もちろん何もわかりません。でも、エネルギーはある。作り手の思想は、モノを通して伝わると、わたしは思っています。これこそが、モノを介したコミュニケーション。

靴下は、その一例。

織り、染め、編み、縫い。フィリピンの無人島でのキルト制作も、ネパールやモンゴルでの新しい試みも、すべては同じ思想の延長線上にあります。

ezuのものづくりは、こんなふうに生まれています。大切にしているのは、人間同士のコミュニケーション。

これからは、その背景も、文章や動画でより丁寧に伝えていきたい。
制作は、いま「誰とつくるか」というフェーズへ。

その循環が社会を少しでも良くするか。機能的価値だけでなく、情緒的価値を含んだモノづくりを、何度も思考しています。とはいえ、デザインそのものは相変わらず直感です。

その直感の視野を広げるために、今日も世界を歩き回っています。きっとまた、新しいモノが生まれます。

これからのezuの活動、どうぞ楽しみにしていてください。

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