株式会社Q0さま主催のトークイベント「わざわざの解剖学」にて、ezuの岩野久美子が登壇しました。
効率やスピードが求められる時代に、あえて時間をかけること。
あえて手を動かすこと。
あえてその場所へ行くこと。
あえて誰かに会うこと。
一見すると非効率に見えるような行為の中に、これからのものづくりや暮らし、地域との関わり方を考えるヒントがあるのではないか。
そんな問いをもとに、社会学者、農業に携わる方、そして衣服をつくる立場として、岩野久美子が登壇しました。
外から見ると、ezuの服づくりはたしかに「わざわざ」と呼ばれるものかもしれません。
けれど、岩野がこの日最初に語ったのは、意外にもこういうことでした。
「私にとっては、わざわざやっていることは特にないんです」
その言葉の中に、ezuの服づくり、モノづくりの本質がよく表れていました。

服をつくっているけれど、人が面白い
服をつくっている。
けれど、自分にとって本当に面白いのは、服そのものだけではなく「人」なのだと思います。
人間は、長い歴史の中でずっと衣服をまとってきました。
もし衣服が暑さや寒さを防ぐためだけのものなら、同じ形、同じ色でよかったはずです。
けれど実際には、人はそうしませんでした。
色を選び、形を選び、布を選び、さまざまな衣服を生み出してきました。
そこには、ただ身体を守るためだけではない、人間の欲求があります。
衣服とは何か。岩野は、こう捉えています。
人の精神の内側の、一番外側にあるもの。
だから服をつくりながら、人を見ている。
その人がどんなふうにその服に出会うのか。
どんな日常の中で着るのか。
どんな記憶を、その一着に重ねていくのか。
ezuの服づくりは、そこから始まっています。
そして、100人いれば100通りの人がいる。
だから100着あれば、100通りの服がある。
一点ものをつくるのは「希少性を出すため」だけではありません。
人は一人ひとり違うという、ごく自然な感覚がそこにあります。
「わざわざ」ではなく、ただ面白いからやってきた
ezuの服づくりには、たしかに手間がかかります。
天然の貝ボタンを一つひとつ目で見て選ぶ。
布を手で染める。
職人と一年がかりで色をつくる。
毎月7日間だけ、桐生の山の上でお店を開ける。
けれど、それを「わざわざ」とは感じていません。
綺麗だから、天然の貝ボタンを使う。
この色を出したいから、手間のかかる染色を選ぶ。
人に会いたいから、その場所へ行く。
最初に戦略があるのではありません。
「こうしたほうがブランド価値が上がるから」
「非効率に見えることをあえてやれば、今の時代に響くから」
そういう順番ではないのです。
服が面白い。人が面白い。色が面白い。
その興味に従ってきた結果が、外から見ると「わざわざ」と呼ばれるような服づくりになっている。
トークセッションで、社会学者の伊藤さんがこれをこう整理しました。
「わざわざ」とは、自己評価ではなく他者評価だ、と。
白線の上だけを歩く子どもは、わざわざやっているとは思っていない。
ただ面白いからやっている。
それが傍から見ると「わざわざ」に映る。
20年間続けてきたことも、まさにそれでした。

4歳から続いている、手を動かして覚えること
岩野は、群馬県桐生市で生まれました。
桐生は、古くから繊維産業が盛んな土地です。
服をつくり始めたのは、4歳の頃でした。
家業は小さな食堂。
居間で留守番をする時間が多く、限られた空間の中でできる遊びをとことんやっていたといいます。
染色も、織物も、縫製も、多くを独学で身につけていきました。
たとえば、フランスの蚤の市で見つけた100年前のアンティークドレス。
そのドレスの糸を一本ずつ切ってほどき、平面に戻し、パターンを取り、もう一度縫い直す。
それを何十着も繰り返しながら、身体で衣服を覚えていきました。
昔の衣服には、誰かが誰かのためにつくった時間が宿っています。
家族のために縫われた服。大切な人のためにつくられたコート。
そうした衣服をほどきながら受け取ってきたのは、技術だけではなく、衣服に宿る時間や思いでもあったのだと思います。
桐生でつくること、長く使うこと
ezuの服には、天然の貝ボタンが使われています。
届いたボタンは、一度すべて広げて、一つひとつ目で確認します。
欠けがないか、小さな亀裂がないか。
とても手間のかかる作業ですが、理由はシンプルです。
綺麗だから。
自然の光を受けて、貝が見せる唯一無二の輝き。
その光を、服につけたい。ただそれだけです。

染色も同じです。ezuでは、桐生の職人さんたちと感性を重ねあわせながら、伝統的技法を用いた独自の色をつくっています。
浴衣の染色にも使われてきた技法をもとに、何色も染め重ね、色の層をつくる。
ある色を表現するために、一年がかりで多色染色を開発したこともあります。
出したい色がある。
その色をどうしても見たい。
そのために選んだ方法が、桐生の職人の技術と、時間をかけた染色でした。
私たちにとって、桐生の伝統は飾りではありません。
今、見たい色のために、問い続けています。
そして、ezuでいちど完成したデザインは、廃盤にするという考えはありません。
20年前につくったデザインを、今も使う。
流行のサイクルに合わせて終わらせるのではなく、時間の中で循環させていく。
20年前に生まれた形が、今も着られる。
今着た服が、20年後も違和感なく残っていくという証明になるからです。
私たちが目指しているのは、すぐに消費される服ではありません。
その人の時間とともに、長くあり続けられる衣服です。
服は、つくった時点では完成していない
服は、つくり終えた時点では完成していない。
ezuの服は、三つの段階を経て完成していきます。
まず、つくり手が服をつくる。
次に、届け手がその服の背景や思いを伝える。
そして最後に、着る人の日常の中で、その服が育っていく。
家事をする日、仕事へ行く日、誰かに会う日、何でもない日。
その一着は、着る人の時間を吸い込んでいきます。
思い出や気分や体験を含みながら、その人だけの一着になっていきます。
私たちは、服を「価値観や記憶の入れ物」のように捉えています。
この間、お店に来てくださった方のエピソードがあります。
15年前、妊娠中だったお客様がezuのワンピースを買ってくださいました。
その後お子さんが生まれ、15歳になった頃、娘さんがそのワンピースを着てお母さんと一緒に来てくださったのです。
一着の服が、親から子へ渡る。
服は、ただ買われて終わるものではありません。
だからこそ、まだお客様のもとへ渡っていない服を「在庫」とは考えていません。
まだ出会っていないだけ。その一着に出会う人を、待っているだけ。
実際に、2年ほど待っていた服が、ある日ぴったりの方と出会って旅立っていったこともあります。

毎月1日から7日だけ開く、桐生のアトリエショップ
ezuのアトリエショップは、群馬県桐生市の山の上にあります。
便利な場所ではありません。
車で山を上がってくる方もいれば、駅から歩いて汗をかきながら来てくださる方もいます。
最も遠い方はメキシコシティから。「遠かった」と言いながら入ってこられたそうです。
営業日は、毎月1日から7日まで。
1日から7日にすると、月曜から日曜まですべての曜日が含まれます。
どんな曜日休みの方も、どこかのタイミングで来ることができます。
新規のお客様が3割ほど、リピーターのお客様が7割ほど。
毎月必ず来てくださる方が、全体の半分ほどを占めます。
来られない月には「今月行けない、ごめんなさい」とメッセージが届くこともある。
足を骨折しながらも、ご主人の運転で来てくださった方もいる。
滞在時間はさまざまで、お昼ごはんを持ってきてくださる方、誕生日にケーキを焼いてきてくださる方もいます。
岩野は、そのつながりを「大きな家族のよう」と表現しました。
ezuは全国のギャラリーやポップアップにも出展していますが、どこに行っても同じものが並ぶわけではありません。
渋谷にある服と、桐生にある服は違います。
すべてが一点ものだからです。
その場所にしかない景色をつくる。
だから、お客様は「そこへ行く理由」を持つことができます。
布の質感、染めのゆらぎ、その日の光、そこにいる人。
その体験も含めてezuというブランドの体験だと考えています。

時間、空間、人間——「間」のこと
岩野は、これからの時代に大切になるものとして、三つの言葉を挙げました。
時間。空間。人間。
そのすべてに、「間」という字が入っています。
この「間」は、数値化しにくいものです。
言葉にしきれないものです。
けれど、確かにそこにあります。
誰かと同じ場所にいることで生まれる空気。
直接会った時にしか感じられない気配。
服に袖を通した時の静かな感覚。
長く着ることで重なっていく記憶。
今回のトークでは、北海道で循環型農業を営む佐々木真希さんも登壇されました。
「命を作ってるの、私も命を作ってる」
野菜を育てることと、衣服をつくること。領域は違いますが、手をかけ、見守り、誰かのもとへ届けるという点で、深く重なっていました。
「わざわざ」足を運びたくなること、強いられる不便ではなく自分で選ぶ時間があること。社会学者の伊藤さんは、それを「選び取った不便が持つ豊かさ」と整理しました。
効率化された世界では、こうしたものはこぼれ落ちやすいのかもしれません。
けれど私たちは、そのこぼれ落ちやすいものを大切にしています。

ezuは、ezuの速度で続けていく
20年前、私たちのやり方は、今ほど理解されやすいものではありませんでした。
「こんなの仕事ではない」
「こんなのブランドではない」
そう見られることもありました。
けれど、変わらず続けてきました。
服が面白いから。人が面白いから。一着と一人が出会うことに、ずっと興味があるから。
「ezuのあり方を大企業が取り入れ、スケールさせることはできるのか」という問いに対して、岩野の答えは明快でした。
できないし、それでいい、と。
「こういう服屋がある」ということ自体が、社会への問いかけだと岩野は言います。
効率だけを追う中で、自分たちは何を選んでいるのか。どんなものを本当に大切にしたいのか。
その問いを持ち帰り、それぞれの仕事や暮らしに照らし合わせてもらえれば、と。
ezuはこれからも、ezuの速度で続けていきます。
一着ずつ。一人ずつ。一つの出会いずつ。
ezuの衣服が生まれる場所へ
今回の「わざわざの解剖学」は、私たちにとっても、ezuの服づくりを改めて言葉にする時間になりました。
もし気になる一着があれば、ぜひ実際に見にいらしてください。
画面越しでは伝わりきらない色があります。
手に取って初めてわかる布の表情があります。
その場所に来たからこそ出会える服があります。
桐生のアトリエショップは、毎月1日から7日まで開いています。
その時、その場所にある一着と、皆さまが出会ってくださることを楽しみにしています。

講演・トークのご依頼について
ezuでは、トークやパネルディスカッションのご依頼も承っています。
衣服づくりのこと。
桐生の産地との関わり。
一点もののブランド運営。
お客様との関係性。
「わざわざ」足を運びたくなる場づくり。
効率化の時代に、ものづくりが何を大切にできるのか。
それら踏まえたマーケティング設計。
ezuの活動を通じて、これからのブランド、地域、ものづくり、コミュニティについて考える時間をお届けできればと思います。
講演・登壇のご相談は、こちらよりお気軽にご連絡ください。
