カオハガン島ではじまった、海の向こうの手仕事『カオハガンキルト』プロジェクト

カオハガン島ではじまった、海の向こうの手仕事『カオハガンキルト』プロジェクト

人口700人ほどの小さな島、カオハガン島に来ています。

セブ島の横にある、マクタン島から船で約1時間。
直線距離にして10kmほど。
東京ドームほどの広さしかない、海にぽつんと浮かぶ島です。

海はどこまでも透き通っていて、青く、静か。
けれどここは、ただ美しいだけの場所ではありません。

島には約700人が暮らしています。
男性たちは海へ出て魚を獲り、翌日それを売り、また海へ出る。
その繰り返しの中で生きています。

カオハガン島の風景

島のことを、滞在のあいだ、ひとつずつ教えてくれる人がいます。この島で暮らす日本人の、よしえさんです。島の歴史も、キルトのことも、水や電気のことも。この記事に書くことの多くは、よしえさんが聞かせてくれた話です。

今回ここを訪れたのは、ezuのテキスタイルとカオハガン島の手仕事をかけ合わせてはじまった、ezuキルトを受け取るためです。

ただ、その話をするには、すこし時間をさかのぼる必要があります。

8年ほど前、ezuを始めるより前のこと。平岡は、セブ島で若い経営者の方たちに向けてお話をする機会をいただきました。そのあとで「面白い島があるから」と誘われて渡ったのが、カオハガン島でした。

当時、島にはオーナーの崎山克彦さんが暮らしていました。1987年、日本の出版社に勤めていた崎山さんは、52歳でこの島を買い、移り住みました。島の人たちと暮らしながら、小学校をひらき、奨学金の制度をつくり、歯科の診療や保健の場を整えていく。その日々を綴った本『何もなくて豊かな島』は、いまも読み継がれています。

その崎山さんから、島の歴史を直接聞かせてもらいました。いまはご高齢のため、医療のインフラのある故郷の神奈川に戻り、ゆっくりと過ごされているそうです。

8年ほど前のカオハガン島で。オーナーの崎山克彦さんを囲んで

女性たちには、かつてほとんど仕事がありませんでした。

男性たちは、朝から海へ出ます。けれど女性たちには、家の仕事のほかに、仕事と呼べるものがなかった。それなら、女性たちの手に仕事が生まれるように。キルトの作り手として知られていた崎山さんの妻、順子さんが、島の女性たちに針仕事を手ほどきしました。

はじめから広がったわけではなかったと聞きました。最初に針を持ったのは、ひとりの女性。その一枚を順子さんが買ったところから、少しずつ、縫う人が増えていったそうです。

透きとおる海の向こうに浮かぶ、カオハガン島

1996年のことです。翌年には日本で展示がひらかれ、やがてフランス、スペイン、ニュージーランド、台湾、韓国、中国へと渡っていきました。いまではこの島と近くの島々で100人を超える人が縫っていて、平均すると一家族にひとり。その収入が、子どもたちの学びを支えています。

ミシンはありません。
すべて手縫い。

型紙も、定規も使いません。
布を思うままに裁って、縫い合わせていく。

つなぐ布の大きさが違えば、大きいほうを切り落とすか、小さいほうに足すか。
そうしているうちに、誰も思いつかなかった模様が生まれてきます。

島の風景や暮らしをモチーフに、
一針一針、静かに布をつなぎ合わせて作られているカオハガンキルト。

2年ほど前、この島をふたたび訪ねる機会がありました。セブ島で長くお付き合いのある方たちに誘われて。このときは、岩野も一緒でした。

2年ほど前の訪問。ご一緒したみなさんと、島の木陰で
島の売店の前で、子どもたちと

島を歩いていた岩野が、ふと足を止めます。あちらでも、こちらでも、人が集まって、針を動かしている。何をつくっているんですか。そう尋ねた先にあったのが、カオハガンキルトでした。

みんなで集まって、手を動かしている光景。そして、ものづくりから誰かの仕事が生まれたという、始まりの物語。岩野は深く共感して、その場で思ったそうです。この島の人たちと、一緒に何かつくれないだろうか。

ezuでは日々、桐生で布をつくっています。
その制作の中で、どうしても生まれる端布や余り布。

職人さんたちと一緒につくった素材だから、岩野は捨てられずにいました。小さな布は巾着やシュシュに生まれ変わらせながら、それでも、もっと何かに使えないか。そう考え続けて20年になります。

それらを、この島のキルトと掛け合わせたらどうなるだろう。

そんな想いからはじまった、ezuとカオハガンの共同制作。
この島の人たちの手で、私たちのつくった布が、新しい何かになったら。そうお願いして、プロジェクトが始まりました。

ezuの布から生まれたパッチワークを、キルターさんと確かめる岩野

ただ、ここからが簡単ではありませんでした。

半年ほどのち、端布を抱えて島へ向かった日は、激しい雨でした。船は途中で進めなくなり、近くの島に身を寄せて、その日は引き返すことに。布は、渡せずじまいでした。

助けてくれたのは、いつも船を出してくれる会社のみなさんです。今度カオハガンへ行くときに、届けておきますよ。そう言って布を預かってくれて、ezuの端布は、私たちよりひと足先に島へ渡りました。

空模様をうかがいながらの、船の上

キルトができたよ。そんな連絡をもらったのは、布が島へ渡って8ヶ月ほどしてからのことです。

羽田からマニラへ、マニラからセブへ、そこから船を仕立てて島へ。定期便はなく、すぐに行ける場所ではないから、数ヶ月かけて段取りを整えて、ようやく受け取りに来ることができました。

完成した布を手にしたとき、
そこには桐生の時間と、島の時間が重なっていました。

カオハガンキルトの手仕事

この島には水道もガスもありません。
電力は基本的にソーラー発電。
曇れば電気はほとんど使えなくなります。

雨水を屋根から集めて貯め、
生活用水として大切に使う。
海水はトイレ用に分けて使う。

晴天が続くことは、観光客には嬉しくても、
島の人にとっては命に関わることでもあります。

夕暮れのカオハガン島。海の向こうに対岸の街の灯りが見える

日が暮れると、島はゆっくりと暗くなっていきます。
海の向こうに見えるのは、対岸の街の灯り。
おなじ空の下に、ふたつの時間が流れています。

何もない。

けれど、何もないからこそ、あるものもある。

人の手と、時間。

効率とは遠い世界で。
布はゆっくりと形になります。

青い傘の下、浜辺で過ごすひととき

技術を足すのではなく、
時間を重ねる。

広げるのではなく、
深める。

国や文化を越えるというより、
人と人が、布を介して静かにつながっていく感覚。

今回受け取ったのは、ezuにとってはじめてのezuキルト。

8年前に崎山さんから聞いた島の物語と、島の女性たちの針仕事と、桐生の布。ばらばらだったものが、一枚につながりました。

よしえさんと、島の草葺き屋根の家の前で

ここからまた、あたらしい物語がはじまります。
うつくしい海に浮かぶ珊瑚礁の島にて、ezuの制作活動をすすめていきます。

島で過ごした時間は、9本の動画にも残しました。
カオハガン島の記録。9本の動画でめぐる、島の時間」で、ご覧いただけます。

この島の手仕事との交流から、
ezuの海外でのものづくりがはじまりました。

つづいて訪ねた草原の国、モンゴルでの活動は、
こちらに掲載しております。

そしてこちらは、キルターさんとの初対面のときの動画です。
合わせて、ご覧いただけると嬉しいです。

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