ezuの服を形づくる天然繊維、リネン、コットン、ヘンプ、シルクのことは、4つの天然繊維のはなしという記事にまとめました。畑からみっつ、繭からひとつ。どれも、植物と小さな生き物の恵みから生まれる繊維です。
今回のモンゴルの旅では、その続きになる繊維たちに出会いました。羊のウール、山羊のカシミヤ、ヤク、そしてラクダのキャメル。マイナス40度にもなる草原の冬を、動物たちが生き抜くためにまとっている毛です。こうした動物の毛の繊維は、まとめて「獣毛(じゅうもう)」と呼ばれます。
ezuのモンゴルのメンバーには、モンゴルの元国営カシミヤ会社で10年近く経験を積み、日本の百貨店へモンゴルを代表してカシミヤを卸してきた、繊維の専門家がいます。その知見をもとに、四つの毛の違いと、それぞれの持ち味をご紹介します。
ウール 絡み合う毛
羊のウールは、四つのなかでいちばん身近な毛です。繊維の表面には「スケール」と呼ばれる、うろこのようなひだが並んでいます。水分を含んで圧力がかかると、このスケールどうしががっちりと絡み合い、離れなくなる。フェルトが生まれるのは、ウールだけが持つこの性質のおかげです。
刈り取りはバリカンで、一頭分をまとめて。四つのなかでは価格も穏やかで、セーターからフェルト製品まで、暮らしのいちばん近くで働いてくれる毛です。くわしくは、ウールの記事に書きました。
カシミヤ 櫛で梳き取る産毛
カシミヤは、山羊が冬の寒さから身を守るために、粗い毛の内側に生やす細い産毛です。四つのなかでもっとも細く、やわらかく、軽い。肌に直接ふれるセーターやマフラーといったニットに選ばれるのは、このデリケートさゆえです。
カシミヤが特別なのは、その採り方です。バリカンで刈ると、人の髪のように硬い「刺し毛」が混ざってしまうため、春に自然と抜けはじめた産毛だけを、櫛でそっと梳き取っていきます。それでも混ざってしまう刺し毛は、工場で一本一本、手作業で選別します。一頭から採れる毛のうち、最後にカシミヤとして残るのは半分ほど。
カシミヤが特別に高価なのは、この途方もない手間の積み重ねゆえです。またデリケートで強くはない繊維なので、コットンやシルク、ウールの糸と合わせて、丈夫さを補いながら編むこともあります。くわしくは、カシミヤの記事に書きました。
この毛から紡いだ糸が、布になっていく。モンゴルの提携先の工房で、ezuのカシミヤストールが織られていく様子を、短い動画でご覧いただけます。
ヤク 高原の毛
ヤクは、高地に暮らす、毛の長い大きな牛の仲間です。その産毛は、やわらかさこそカシミヤに一歩ゆずるものの、保温性と通気性にすぐれ、そして丈夫。チクチクしにくく、蒸れにくくあたたかいので、セーターや靴下のほか、登山服の裏地にも使われています。
体の大きな動物なので、羊や山羊のように小屋で育てることはなく、群れのまま草原に放牧されています。収穫はバリカンで刈るため、硬い刺し毛がどうしても混ざり、選別ののち最後に残る産毛は、刈った毛の2割ほど。採れる量が少ない、貴重な毛です。くわしくは、ヤクの記事に書きました。
キャメル 草原のコート
ラクダのキャメルは、カシミヤやヤクとくらべると太く、張りのある毛です。丈夫であたたかく、コートや厚手の編み物に向いています。いっぽうで、やわらかさを競う毛ではありません。張りと強さで体を守ることが、キャメルの持ち場です。
おもしろいのは、キャメルではフェルトがつくれないこと。ウールと違ってスケールが少なく、表面がなめらかなので、繊維どうしが絡み合わないためです。同じ草原の毛でも、性質はこんなに違います。くわしくは、キャメルの記事に書きました。
馬の毛 服にはならない、けれど
草原には、もうひとつ大切な毛があります。馬のたてがみです。硬くて張りのある毛なので、セーターやマフラーのような、肌にまとう服になることはありません。けれど、切ったあとに捨てられることもありません。
たてがみは、編まれて、丈夫な紐になります。その紐は、ゲルの骨組みを結び、固定するための材料のひとつ。家族の住まいを、馬の毛が支えています。
また、モンゴルの楽器、馬頭琴の弦と弓には、馬の尾の毛が使われてきました。コシと弾力のあるこの毛は、世界でもブラシや弦楽器の弓、服の芯地などに生かされています。
着るものにはならなくても、住まいを結び、音楽を奏でる。切ったあとの毛を捨てずに、その毛にしかできない持ち場を見つける。ezuが大切にしている、捨てないものづくりと響き合う、草原の知恵です。
一枚の表にすると
ここでも、どれが優れているかを決めるための表ではありません。四つの獣毛の違いを見くらべながら、それぞれの得意な持ち場を知っていただくための表です。
値段の違いは、手間の違い
価格は、カシミヤがいちばん高く、ヤク、キャメル、ウールと続きます。糸にした状態で、ウールはカシミヤの半分ほどです。
けれどその差は、繊維の優劣ではありません。櫛で梳き取り、手で選別し、半分しか残らない毛を集めていく。値段の違いは、そこに積み重なった手と時間の違いです。どの毛にも、それぞれの持ち場があります。
染めない色、原色のはなし
四つの毛には、もうひとつ共通することがあります。染めなくても、色があることです。動物がまとっていた毛そのままの色は、「原色」と呼ばれます。
ウールの原色は、純白からきなり、ブラウン、グレー、黒まで。ただし、いま世界の羊の8割以上は、染めやすいように長い年月をかけて品種改良された白い羊で、色のある羊はとても少なくなっています。カシミヤの原色は、ホワイト、グレー、ブラウン、ブラックの四つ。ヤクは、グレー、黒、ブラウンの深い三色。そしてキャメルは、毛の色がそのまま「キャメル色」という世界共通の色の名前になりました。
染めない原色の毛は、染色のダメージを受けていないぶん、毛が本来持っている風合いとやわらかさが、そのまま残っています。ezuがモンゴルの手仕事につかうのは、できるかぎり化学処理をしていない、原色の毛です。動物たちが草原でまとっていた色を、そのまま日本の冬に。
草原のこれからと、素材を選ぶこと
ひとつ、伝えておきたいこともあります。カシミヤの生産量の世界第1位は中国、なかでも内モンゴル自治区。そして第2位がモンゴルです。つまり、モンゴルを含むこの一帯こそが、世界のカシミヤを育てている一大拠点です。カシミヤは高く売れるため、遊牧民の山羊は増え続けてきました。けれど山羊は草を根まで食べてしまうので、増えすぎると草原が回復できなくなり、砂漠化が進む一因になっています。
そのなかで、いま静かに見直されているのが、ヤクとキャメルです。高地や乾いた土地に暮らし、草原を傷めにくい動物たち。環境への意識が高まるヨーロッパでは、カシミヤに代わる選択肢として、ヤクやベビーキャメルを選ぶ人が増えています。
あたたかい毛をまとうことと、その毛を育てる草原が痩せていくこと。遠く離れた日本で素材を選ぶことが、草原の未来と地続きにあります。私たちも、答えをすぐには出せません。ただ、素材の向こうにある土地と暮らしを知ったうえで、ひとつひとつ選んでいきたいと思っています。
草原の毛と、これから
この旅で出会った作り手の皆さんと、ものづくりが始まっています。
獣毛の作品とのつき合い方は、むずかしくありません。においがつきにくいので、頻繁に洗わなくてよいのが、獣毛の良いところです。日々のお手入れと保管のことは、お洗濯とお手入れについてのページにまとめています。
畑と繭から生まれる繊維と、草原の動物たちから分けてもらう毛。生まれる場所は違っても、自然の繊維で、肌にふれるものをつくりたいという考えは変わりません。
毛が糸になったあと、布のかたちになるまでのことは、「編み」と「織り」の違いの記事に書いています。
記事執筆:ezu編集部
監修:岩野久美子(ezu designer)