モンゴルにつづいて、ネパールでも、ものづくりが始まっています。そうお伝えすると、前とおなじ問いが、聞こえてくるかもしれません。
日本より、安くつくれるからですか、と。
答えは、いいえ、です。むしろ手間は、日本でつくるより、ずっとかかります。支払いの仕組みひとつ取っても日本の常識のとおりにはいかず、打ち合わせのたびに、飛行機で海をこえることになります。安さを求めるのなら、この場所は選びません。
わたしたちがネパールへ行くのは、ここにしか残っていない手仕事が、あるからです。
編み手は、工房に集まりません
今回訪ねたのは、手編みのニットの工房です。この工房には、編み手が集まってきません。工房が毛糸と仕様書を、編み手それぞれの家へ届けるのです。
セーターは、家の暮らしのなかで編まれて、工房へ戻ってきます。一枚ずつ検品を受けたあと、仕上げのために、もう一度べつの家へ。一枚のセーターが、二度、誰かの家を通って生まれてくる。工場の速さで数をつくる仕組みとは、はじめから別のものです。
ネパールでは、家で編むことが、いまも暮らしとして続いています。台所のとなりで、家族の時間のなかで、手が動いている。その手仕事の網の目が、街のなかに、そのまま残っているのです。
日本にしかない技は、日本で
誤解のないように書いておくと、日本の手仕事が衰えた、という話ではありません。ezuの服はいまも、桐生の織りや染めの職人さんたちの手仕事に支えられていて、あの仕事は、日本でしか生まれません。
ただ、家で編むという手編みの文化にかぎっては、まとまった数を担えるかたちでは、日本にほとんど残っていません。機械の速さと均一さの外側にある仕事が、ネパールにはまだ、暮らしとして生きている。
日本にしかない技は、日本で。ネパールにしか残っていない手仕事は、ネパールで。わたしたちのものづくりの理由は、どの土地でも変わりません。
絵が、編み目に翻訳される
ネパールでは、岩野が描いた絵を、編み目のグラフに置き換えて、手編みのセーターにする準備が始まりました。
糸には、太さがあります。絵の線をそのまま写すことは、手編みではできません。一目ずつの方眼に置き換えられた絵は、編み手の手を通って、すこし別のものに翻訳されて生まれてきます。
この、そのままにならないところにこそ、機械には出せない価値があると、わたしたちは思っています。紙の上の絵と、編み上がったセーター。ふたつのあいだにある小さなずれは、誰かの手を通ってきたことの、しるしだからです。
ネパールにしか残っていない手仕事
訪ねた工房で出会ったのは、桐生の職人さんたちと同じ、自分の仕事に誇りを持つ人たちでした。農家が育てたネパール産のヘンプの糸を見せながら、これがネパール製であることが誇りなんだ、と話す工房主。0.2mmの厚みの違いにこだわる、アクセサリーのつくり手。
安くつくれるからではなく、この土地にしか残っていない手仕事があるから、ここへ来ました。そういう手仕事に出会えるなら、わたしたちはこれからも、世界のどこへでも会いに行きます。
この秋、その最初のかたちが、作品となって桐生のアトリエショップに並び始めます。
ネパールでのものづくりと出会いのことは、こちらの記事にまとめています。