モンゴルで、ものづくりが始まっています。そうお伝えすると、こう思われる方も、もしかしたらいらっしゃるかもしれません。
日本より、安くつくれるからですか、と。
答えは、いいえ、です。冬のものなら、日本でもつくれます。わたしたちがモンゴルへ行くのは、ここでしか生まれないものが、あるからです。
3000年、移動しつづける暮らし
モンゴルの草原には、いまも遊牧の暮らしがあります。夏でも気温は20度ほど。冬はマイナス40度まで下がる。作物の育ちにくいこの土地で、人は羊や山羊、ヤク、ラクダとともに、草を求めて移動しながら生きてきました。
餌は、大地に生える牧草です。食べ尽くす前に、次の草地へ移る。移った後の草原は、ゆっくりと回復して、また草を茂らせる。3000年前に生まれたこの暮らしが、2026年のいまも続いています。こんな土地は、世界に、もうほとんど残っていません。
暮らしの循環がうむ、素材
この暮らしは、ひとつの循環になっています。草が家畜を養い、家畜が人を養う。ミルクは食べものに、乾かした糞は燃料に、そして毛は、着るものと住まいに。人は家畜を守り、移動して、草原を守る。そのめぐりのなかで、また新しい毛が育ちます。
カシミヤも、ヤクも、キャメルも、この循環のなかでしか生まれません。マイナス40度の冬を生き抜くために、動物たちが身体にたくわえる産毛。あの細さとやわらかさは、この土地の寒さと乾きが育てています。
それなら、羊や山羊を何千頭も囲いで飼って、たくさん採ればいい。そうは、ならないのです。囲いのなかでは、草が尽きます。山羊は草を根まで食べるので、増やしすぎれば、草原そのものが痩せていく。移動しながら、群れの数を暮らしに見合うだけに保つ。その加減ごと、素材の一部です。
素材は、生きている暮らしの産物です。だから、コピーができません。量産も、できません。工場を建てれば増える、というものではないのです。
生きるための、手仕事
手仕事も、おなじ暮らしから生まれています。羊毛を固めたフェルトは、ゲルの壁になり、敷物になり、靴になる。寒さから身を守るための知恵が、そのまま手仕事になりました。
そして、この土地で毛は捨てられません。糸にならない短い毛はもういちど紡ぎ直され、硬い刺し毛は建物の断熱材に、最後に残るくずは畑の肥料に。限りある毛を、余すところなく使い切る。自然の恵みに限りがあることを、この土地の人たちは、身体で知っています。
桐生と、おなじ理由
ezuは桐生で、機屋さんや職人さんたちと服をつくってきました。この人と、この場所でしか、生まれないものがある。それが、わたしたちのものづくりの理由です。
モンゴルも、おなじです。安くつくれるからではなく、この暮らしのなかでしか生まれない素材と手仕事があるから、ここへ来ました。訪ねた工房や工場で出会ったのは、桐生の職人さんたちとおなじ、自分の仕事に誇りを持つ人たちでした。
暮らしの循環がうむ、素材と手仕事。それに出会えるなら、わたしたちはこれからも、世界のどこへでも会いに行きます。
冬のものは、結果です
マイナス40度を生き抜く毛は、当然、あたたかい。だからこの土地の素材は、かたちになると、セーターや靴下、ストールといった冬のものになります。冬のものをつくるためにモンゴルを選んだのではなく、モンゴルの暮らしがうむ素材が、冬のかたちをしている。順番は、そちらです。
この冬、その最初のかたちが、日本にとどきます。
モンゴルでのものづくりと出会いのことは、こちらの記事にまとめています。