糸から、つくる。33年のカシミヤ工場と提携しました

糸から、つくる。33年のカシミヤ工場と提携しました

モンゴルの旅の目的のひとつに、どうしても訪ねたい工場がありました。ウランバートルで、1993年から33年、天然繊維ひとすじに歩いてきたカシミヤ工場です。

このたび、この工場とご一緒に、ezuのものづくりが始まります。カシミヤのストールをはじめとした冬の作品を、この工場にお願いすることにしました。今日は、その提携にいたるまでのことを書いておきたいと思います。

工場の前で、創業者ご夫妻と

創業者ご夫妻と

いちばん長く、いちばん近くで

ezuのモンゴルのメンバーには、元国営カシミヤ会社で10年近く経験を積み、日本の百貨店へモンゴルを代表してカシミヤを卸してきた、繊維の専門家がいます。

その彼女が、25歳の頃からずっとつき合いを重ねてきたのが、この工場です。モンゴルの数ある工場を、いちばん長く、いちばん近くで見てきたうえで、それでも「ここしかない」と言い切る。事前の調べの段階から、できればお願いしたいと決めていた工場を、今回ようやく訪ねることができました。

工場で働く人たちも、彼女が通いはじめた頃から変わらない顔ぶれです。みんな誠実な働き者だと、彼女は言います。

機械の並ぶ工場を、訪ねました

創業時から勤めている工場長と

繊維にはじまり、繊維にもどる

この工場の歴史は、創業者の人生と重なっています。

社会主義の時代、モンゴルに初めてカシミヤ工場が生まれたとき、創業者はその技術者として選ばれました。国費留学生として日本に渡り、日本でただひとつの繊維学部である、信州大学繊維学部で学んだ、プロ中のプロです。学び舎のあった長野は、くしくも、ezuのある群馬の隣の県でした。

帰国後は、国の要職に選ばれ、繊維の現場をいったん離れることになります。長く、日本とモンゴルをつなぐ国の仕事に就いていました。そのあいだ、工場はお兄さんが営んでいました。日本との合弁で生まれ、日本の機械を入れた工場です。

やがてお兄さんが亡くなり、それを機に創業者は、繊維の世界へもどってきました。いまは奥さまとふたりで、この工場の先頭に立っています。繊維にはじまり、長い歳月を経て、また繊維へ。1993年から数えて、33年になります。

この素晴らしい工場を、ご夫婦は二人三脚で切り盛りしています。

工場の前に立つ、創業者ご夫妻

本物だけをつくる

この工場の方針は、はっきりしています。本物だけをつくる。結果として大量にはつくらない、つくれない。繊維の研究機関とも手を組みながら、独自の技術を磨きつづける。

1993年に織物の工場として生まれ、1995年には、硬い刺し毛とやわらかな産毛を選り分ける機械を導入。やがて染めの設備、紡ぎの設備と、工程をひとつずつ自分たちの手に引き寄せてきました。高い技術力を維持するため、働く人は厳選された26人。一年に紡げる糸は、30トンほどです。このこだわりの詰まった工場の仕事は、モンゴル国内のいくつもの賞に選ばれてきました。

その象徴が、極細の糸です。かつて、指輪の輪をくぐるほど薄いカシミヤのストールが流行した頃、その極細糸を紡いでいたのが、この工場でした。モンゴルで紡がれた糸は海を渡って日本で織られ、銀座の高級店に並んでいました。コートの生地も、この工場から日本へ渡っていました。

紡ぎ上がった、カシミヤの細い糸のコーン

工場の主軸は織物で、その技術の高さは、モンゴルでも並ぶところがありません。ここでしか織れないものが、いまもこの工場にはあります。

そしていま、この高いプロ意識にもとづいた最高品質の限りある素材は、ヨーロッパを中心に世界中のデザイナーに求められ、注文が絶えることはありません。

大きな機械の並ぶ、工場のフロア

糸から、つくる

カシミヤの仕事のなかで、いちばん難しいのは糸づくりです。高い技術が要るため、モンゴルの多くの工房は、糸を外から買ってものづくりをしています。そうなると、糸の中身までは、たしかめようがありません。その難しさは、その「カシミヤ100%」は、ほんとうですかの記事に書いたとおりです。

原毛が糸になるまでには、いくつもの工程があります。まず、刈り取った毛を部位や品質ごとに選り分けて、草やゴミをふるい落とす、整毛(せいもう)。次に、毛にふくまれる脂や汗、ほこりを温水で洗い流して乾かす、洗毛(せんもう)。この下ごしらえを担っているのが、創業のときからずっと二人三脚で歩んできた、整毛と洗毛の専門工場です。遊牧民から直接、毛を買い付けている工場です。

刈られたばかりの原毛は、土や草がからみついて、驚くほど汚れています。最初に洗った水は、泥のように濁る。その水が透きとおるまで何度も洗って、ようやく、ふんわりとやわらかな毛のかたまり、整毛になります。

両手いっぱいの、洗い上がった整毛

この仕事には大量の水をつかい、排水にも厳しい決まりがあるため、街なかでは行えません。だから整毛と洗毛の工場は、ウランバートルを離れた郊外にあります。毛の下ごしらえと糸づくりをひとつの場所でやることは、それほどに難しい。30年以上、この仕事ひとすじのパートナーとの二人三脚があるからこそ、この工場は、実質、原毛から糸をつくっているといえるのです。

その工場は、遊牧民との結びつきも強固です。地域ごとにつき合う遊牧民が決まっていて、毛を受け取る前に、先に対価を払う。だから遊牧民は、安心して毛を育てられます。ときには専門の技術者が現場へ出向いて、毛の採り方や、部位ごとの分け方を伝えることもあるそうです。

工場内には、そうして届いた本物のカシミヤをはじめ、ヤクやウールなどの整毛が、ずらりと並んでいました。

カシミヤの整毛が詰まった袋が、ずらりと並ぶ

ここから先が、この工場の仕事です。洗い上がった毛を、細かい針のついたローラーに通してほぐし、一本ずつに引き離して、向きをそろえる。カードと呼ばれる工程です。

カードを終えた毛が、ふんわりとした帯になって重なっていく

カードの工程

さらに櫛で短い毛や小さな毛玉を取り除き、長い繊維だけを美しくそろえる、コーミング。それを引き伸ばしては束ね、據りをかけて、望む細さの糸へと紡ぎ上げていきます。

ローラーの連なる、コーミングの機械

コーミングの工程

紡いだ糸は、用途に合わせて據り合わせ、強さと風合いをととのえる。そこから織って、フリンジの加工まで、最後の仕上げまでを一貫して自分たちの手でやりきる。だから、原料の出どころに、間違いがありません。その糸は、世界でもっとも知られた繊維の国際認証のひとつも取得しています。

糸が巻かれていく、紡績の機械

紡績の工程

紡ぐのは、カシミヤだけではありません。ヤク、ベビーキャメル、羊毛。この土地の毛それぞれの持ち味に合わせて、太さのちがう糸を紡ぎ分け、ストールやブランケット、ニットへと仕立てていきます。

糸の棚が並ぶ、作業の部屋

工場で糸が巻き取られていく様子は、動画でもご覧いただけます。

糸を巻き取る機械と、棚に並ぶ紙の管

毛を、無駄にしない

糸をつくる途中では、どうしても短い繊維が落ちます。この工場には、その落ちた毛をもういちどほぐして、ふたたび紡げる、ふんわりとした毛の状態にもどす機械があります。無駄を出さないための工夫を、自分たちで重ねてきました。

硬い刺し毛は建物の断熱材になり、最後に残るくずは畑の肥料になる。この工場で、毛は捨てられません。

こちらは、製造の過程でどうしても出てしまう原料です。これも捨てずに、もういちど処理をして、糸にもどして作品につかいます。再処理を経た繊維は短くなるため、その性質に合った作品へと活かされていきます。

もういちど糸へと再処理される、工程で出た原料

刺し毛を、一本ずつ

このやわらかさには、最後のひと手間があります。カシミヤのやわらかな産毛には、これだけ丁寧な工程を重ねても、硬い刺し毛がごくわずかに混ざります。そしてそのたった一本が、カシミヤならではのやわらかな肌ざわりを、邪魔してしまうのです。

だからこの工場では、仕上げの前に、長年の感覚で磨かれた目と手で布の表面をあらためて、残った刺し毛を一本ずつ抜き取っているのです。

生地の表面をあらためて、刺し毛を一本ずつ抜き取っていく

それでも、長くつかううちに、糸の奥に編み込まれていた刺し毛が表面に出てくることもあります。仕上げの段階では奥底にあって、どうしても取りきれなかった毛です。もし、チクリとしたら、それは奥にいた一本が、ようやく表へ出てきたということ。ピンセットで、そっと抜いてあげてください。

それは、その一枚と長くつき合ってきた印でもあります。使い手のもとで手をかけられながら、着心地を増し、自分だけの一着として育っていく。ezuが大切にしている、記憶の器としてのものづくりと同じ思想が、ここにもありました。

33年に、敬意を

何度も重ねた打ち合わせのなかで、わたしたちのものづくりへの想いも、お伝えする機会がありました。桐生でリネンやコットンの服をつくっていること。かかわってくれている職人さんたちの哲学。天然繊維の奥深さと、楽しさ。よい素材を追求してきた結果として、天然繊維のものづくりになっていること。そして、これからezuの向かっていく方向。

想いを伝え合うなかで、モンゴルでしかできないezuのものづくりを、いっしょに形にしてほしい。実際に会って、工場の空気と、働く人たちの想いにふれたからこそ、正直にその気持ちを伝えました。

「ぜひ一緒にやりましょう。私たちも、あなたたちと同じ想いで、ものづくりひとすじの33年ですから」

創業者は、そう応えてくれました。大量生産の競争と距離を置いて、糸と織りの技術を研究し、磨きつづけてきた33年。その歩みへの敬意と、桐生でezuの服を形にしてくれている職人さんたちと同じエネルギーを感じたこと。双方のものづくりへの想いの共振。それが、この提携の土台にあります。

この工場と一緒に企画しているezuのカシミヤ作品。制作は予定より早く進み、9月のezuのアトリエショップから並び始めます。

仕入れルートまで確かにつながっている、最高のカシミヤ。その糸が、いま布になっています。この工場の織り機で、ezuのカシミヤストールが織られていく様子です。

できあがる作品には、カトマンズの工房でつくられた真鍮のezuタグが付きます。その工房のことは、ネパールのアクセサリー工房の記事に書いています。

モンゴルでは、ほかにもものづくりが始まっています。

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