モンゴル滞在中、もうひとつのフェルトの工房を訪ねました。以前ご紹介した一枚のフェルトができるまでの工房とは、また別の場所。ウランバートルの建物の地下にある、女性たちの組合の作業場です。
階段を降りると、羊毛の、あの独特の匂い。窓から光の入る作業場で、十数人の女性たちが、フェルトのルームシューズや小物をつくっていました。
ノルウェーから届いた、はじまり
この組合が生まれたのは、20年ほど前です。2000年代のはじめ、ゲル地区には、シングルマザーをはじめ、働く場のない女性たちがたくさんいました。そこで実施されたのが、ノルウェーの支援プロジェクトでした。フェルトの技術を持つノルウェーが、女性たちにフェルトづくりの研修をひらき、研修を受けた母たちが、みんなで組合をつくった。それが、いまも続いています。
こうして生まれた組合は、いまでは全部で10。フェルトの専門店にそれぞれの商品を並べて、たがいのセンスを競い合っています。そのなかでこの組合は、だいたいいつも、1位か2位。年配の女性も、シングルマザーも、さまざまな事情を抱えた女性たちが、腕ひとつでその場所を守っています。
フェルトで、3人の子を育てた
組合のひとりが、自分のことを話してくれました。
このプロジェクトに出会ったのは、ご主人を亡くして間もない頃。26歳で、3人の子どもが残されていました。子どもの幼稚園で、フェルトづくりの研修に参加しませんか、という声かけがあり、そこで初めて羊毛にふれた。それからずっと、続けてきました。
フェルトの仕事で、3人の子どもを育て、全員を大学まで送り出したそうです。夏休みには子どもたちも縫製を手伝い、そのアルバイト代で教材を買った。いまは大きくなった息子さんが、「疲れるから」と、いちばん力の要る圧縮の作業を、ときどき手伝ってくれるといいます。
子どもたちには「もう辞めたら」と言われる。けれど、若い頃からずっと続けてきた仕事だから、辞められない。家で退屈しているより、ここに来て手を動かしているほうがいい。そう笑っていました。
その手のひらは、厚くなっていました。昔は皮がむけて手袋をしていたけれど、いまはもう、素手のほうがやりやすいのだそうです。
手だけが、つくれるもの
フェルトをつくる機械は、あるにはあります。けれど機械がつくれるのは、ゲルの壁にかぶせるような、繊維の粗い大きなフェルトだけ。ルームシューズや帽子のような、細かくて繊細なものは、いまも手でしかつくれません。
作業は、羊毛をほぐして整えるところからはじまります。その様子は、動画でもご覧いただけます。
羊毛を薄く均等に置いてシート状にし、向きを変えながら三層に重ねる。水をかけて、揉んで、叩いて、圧縮する。3時間、4時間とつづけて、ようやく半分の大きさまで縮みます。途中からは、ずっしりと重い棒も使う。単純にみえて、途方もない作業です。
そして、経験だけが知っていることがあります。羊毛は、羊の品種や刈り取りの時期によって、性質が違います。石けんを使わなくてもすぐ絡まる毛と、石けんがないと絡まらない毛がある。それが、触っただけでわかるのだそうです。
コード番号の、責任
組合員は、それぞれ自分の袋を持っています。原料も自分の袋に、つくったものも自分の袋に。そして製品には、誰がつくったかを示すコード番号がついています。
ひとりひとりが、最初のフェルトづくりから最後の縫製まで一貫して手がけ、お店の厳しい品質チェックに、自分の番号で応える。ここのルームシューズは、毎日履いても3年はへこたれない丈夫さだといいます。ゴム底も、接着だけでは剥がれてしまうから、ひと針ずつ縫い付けてあります。そのひと針の様子は、動画でもご覧いただけます。
わたしたちも、やってみた
羊毛をシートに置く作業を、やらせてもらいました。ひとつかみの毛を、薄く、均等に、隙間なく。見ていると簡単そうなのに、手がいうことをききません。厚みが偏り、毛が固まってしまう。あの薄さを置けるのは、長年の手だけなのだと、身体でわかりました。
これからの、フェルト
組合の女性たちは、みんな年を重ねてきました。若い人を迎えようとワークショップをひらいても、「こんなに大変な仕事は続けられない」と、なかなか根づかないそうです。フェルトを一からつくる人より、できあがったフェルトを買って何かをつくりたい人が増えている。時代の変わり目に、この手仕事は立っています。
それでも、地下の作業場では今日も、手が動いています。20年、同じ毛とつき合ってきた手のひらが、触っただけで毛の性質を言い当て、何時間もかけて一枚のフェルトを締めていく。その手の記憶ごと、わたしたちはこの場所とつながっていきたいと思いました。
フェルトづくりの一部始終は、動画でもご覧いただけます。作業の音と手の動きを、そのまま残した25分です。
羊毛という素材のことは羊の毛の中で眠る ウールという素材に、以前訪ねたフェルト工房のことは一枚のフェルトができるまで。モンゴルの手仕事を訪ねましたに。旅のはじまりは、雄大な大地モンゴルへ、冬の素材と手仕事に会いに来ましたの記事にまとめています。