モンゴルの旅のあいだ、わたしたちはゲルに泊まっていました。あとから気づいたのですが、ゲルの壁は、羊毛を固めたフェルトでできています。
つまりわたしたちは、毎晚、羊の毛の中で眠っていたことになります。
着るものになる前から、ウールはこの土地で、家であり、敷物であり、暮らしそのものでした。今回は、いちばん身近で、いちばん働き者の毛、羊のウールのはなしです。
人より羊が多い国
モンゴルの草原には、人の数よりはるかに多くの家畜が暮らしています。なかでもいちばん多いのが羊で、およそ2400万頭。人口の7倍です。
羊の群れは、遊牧民の家族とともに、季節ごとに草を求めて移動します。マイナス40度にもなる冬を、羊たちは自分の毛だけで越えていく。人はその毛を分けてもらい、着るものと住まいをつくってきました。
草原で出会った羊の群れの様子は、動画でもご覧いただけます。
年に一度の毛刈り
羊の毛は、夏のはじめ、バリカンで一頭分をまとめて刈ります。カシミヤのように櫛で少しずつ梳き取るのではなく、一枚の毛皮のかたちのまま、ざっくりと。刈られた羊は身軽になって夏を過ごし、冬が来るころには、また毛が伸びそろっています。
一頭からたっぷり採れて、毎年きちんと生え変わる。ウールが四つの毛のなかでいちばん暮らしの近くにいられるのは、この気前のよさのおかげです。
縮れと、うろこ
ウールという繊維の性格は、ふたつの形に表れています。
ひとつは、縮れ。ウールの繊維は、細かく縮れながら伸びています。この縮れが繊維のあいだにたっぷりと空気を抱きこんで、あたたかさになる。押すとふっくら押し返してくる弾力も、この縮れの力です。
もうひとつは、うろこ。繊維の表面には「スケール」と呼ばれる、うろこのようなひだが並んでいます。水分を含んで圧力がかかると、このうろこどうしががっちりと絡み合い、もう離れない。糸に紡がなくても、毛が直接、布になる。フェルトが生まれるのは、ウールだけが持つこの性質のおかげです。
この絡み合いを「縮絨(しゅくじゅう)」といいます。今回の旅では、フェルト工房で、わたしたちも縮絨を体験させていただきました。水と石けんを含ませて、押して、転がして、また押す。単純な動きなのに、想像以上に体力と根気が要りました。その一部始終は、一枚のフェルトができるまでの記事に書いています。
家になる毛
草原でのウールの仕事は、衣服にとどまりません。ゲルの壁を包むフェルト、床の敷物、そして靴。工房で見せていただいたフェルトの靴は、一足に羊3頭分の毛がつかわれていました。
家の材料としてみると、ウールの性質はよくできています。毛の表面には羊由来の脂がうっすら残っていて、雨や雪を弾く。それでいて湿気は通すので、壁の内側が蒸れない。さらにウールは燃え広がりにくく、火から離れると自然に火が消える繊維です。ゲルの真ん中には料理と暖房のストーブがありますから、火のそばの暮らしを、羊毛の壁が静かに守っていることになります。
着ても、敷いても、住んでも、たのもしい。何千年ものあいだ草原の家がフェルトでありつづけた理由が、泊まってみて、すこしわかった気がしました。
白い羊と、色のある羊
羊といえば、真っ白なもこもこを思い浮かべます。じつはあれは、長い品種改良の結果です。ウールは染料と結びつきやすく、どんな色にもきれいに染まる繊維。だから人は、染めやすい白い羊を増やしてきました。いまでは、世界の羊の8割以上が白い毛だといわれます。
けれど、染めていない「原色」の羊毛にも、豊かな色があります。純白からきなり、ベージュ、ブラウン、シルバーグレー、チャコール、黒。白と黒がまだらに混ざった羊もいます。色のある羊は、いまではとても少なくなっていて、世の中に出まわるウール製品の大半は、白い毛を染めたものです。
ezuがモンゴルの手仕事につかうのは、できるかぎり化学処理をしていない、原色のウールです。フェルトの靴も、帽子も、バッグも。羊がまとっていた色のなかから、選び抜いてかたちにする。草原の色をそのまま、日本の冬にとどけたいと思っています。
ウールと、ezuの冬
いま、モンゴルの工房や職人の皆さんと、この土地の暮らしからしか生まれない毛の、ものづくりが始まっています。フェルトの靴は女性たちの組合に、帽子とバッグはフェルトづくりのご夫婦の工房にお願いして、サンプルづくりが進んでいます。ふっくらと弾力があり、湿気を吸ってもさらりとしているウールは、毎日身につけるものにいちばん向いた毛。くつしたやセーター、マフラー、バッグ、帽子になって、日本の冬にとどきます。
モンゴルの旅と、素材のことは、こちらの記事にまとめています。
記事執筆:ezu編集部
監修:岩野久美子(ezu designer)